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サステナビリティ通信 【 世界の武力紛争とサステナビリティ 】

今年こそは健やかな春の訪れを楽しめればと期待していました。
しかし世界各地で新たに武力紛争が起き、世界秩序は益々混とんとしてきました。エネルギー、食料、資源、市場の全てで海外依存度が著しく高い日本にとって、現下の円安状況下で迎える世界の政情不安は、私たちの日々の暮らしにも大きな影をおとしかねません。
先日は高市総理率いる日本政府代表団が渡米し、トランプ政権と予想を超えた同盟関係の強化に成功したとのニュースが溢れていましたが、本当に胸をなでおろして良いものでしょうか。
世界秩序の混迷と日本
第2次トランプ政権が誕生して以降、なりふり構わぬ自国の利益だけを追求する姿勢は、冷戦後の世界秩序、即ち国際機関を介した法に基づく国際秩序をいとも簡単に崩壊させてしまいました。世界最大の軍事力と経済規模を持つ国が国際社会のリーダーの役割を放棄したことで、世界は地政学上の重力を失い、判事のいない裁判の様相を呈しています。互いにののしり合う法廷に判事がいなければ、暴力による決着がはびこるのは世の必然でしょう。
今年のダボス会議(世界経済フォーラム)でカナダのカーニー首相は、中堅国家の連携を訴えました。これは、米国が迷走する今、世界の中堅国、即ち日・加・豪・印・ASEAN諸国、EU加盟国、スイスなどが烏合の衆と化すこと無く、より緊密な対話と交渉によって真空地帯となったスペースを協力して埋めようという呼びかけです。これは日本が自ら汗をかいて世界秩序再構築に寄与する必要性を意味します。
国家のサステナビリティは、権力者が、国民に対して最低限保障しなければならない責務です。しかし日本がこのまま高度対外依存国家として、エネルギーも食料も依存し続けれるのであれば、自らの意思で自律的に歩み、存続することは極めて困難になるでしょう。世界の大きな変容は止められないものの、それに対するレジリエンス(復興力)や対応力は高め続けないと、亡国の危機は現実のものと成り得るでしょう。
ベトナム社会主義国というレジリエントな隣人
一時的な占領統治を除けば、日本とタイ王国は、西欧の植民地支配を免れた稀有な国です。またベトナム社会主義国も、フランスの植民地から独立を果たし、中越戦争に勝利し、さらには東西冷戦下で米ソの代理戦争と化したベトナム戦争では、世界最強のアメリカ軍を撤退に追い込んだ負け知らずの国です。
私は3月半ば、ベトナムのハノイとホーチミンを訪問し、そのレジリエンスの源泉を学ぼうと試みました。ベトナムの企業経営者や大学総長らと接するにつれ、柔和でありながらも芯が強く、総じて勤勉で向上心も高い彼らは、目的が明確であれば、労を厭わず、一致団結した際の強さを予感させます。ベトナムがどのように戦ったのかは、国立軍事歴史博物館から学び取れます。
その概要は:
①軍事力で圧倒的優位な米軍とは直接対峙せず、夜襲や待ち伏せ、地雷敷設で敵を疲弊させた。
②拠点をジャングルの奥深くに隠し、移動にはトンネル網を築き、農民や民間人に紛れ、非戦闘員を装った。
③ベトナムの民族統一と独立の為に、生き残りをかけた総力戦として増え続ける犠牲に耐え抜いた。
④膠着状態を長期化させ、米国内で沸き上がった厭戦気分により、米国の継戦能力自壊を招いた。
⑤反米勢力の中国とソ連から多大な兵站、軍事、財政援助を受け、終戦後も留学して関係を築いた。
これらを巧みに継続した結果、ベトコンは「勝たずとも負けない」戦術でアメリカ軍を攪乱し続け、激しい消耗戦を継続して勝利したのです。米兵もベトナム国民全体が相手という非正規性に消耗し、撤退したのです。1968年にはベトコンが南ベトナム全土で反転攻勢に転じ、米大使館を襲撃して米国内の楽観論を粉砕。ニクソン大統領を米軍撤退に追い込み、1976年にベトナムは民族統一を果たしました。女性や農民兵が自転車に兵器を積んで、ジャングルでの兵站に協力したエピソードもあり、時宜に適った柔軟な戦術が勝敗を分けたと感じました。
こうした国民を上げたサステナビリティへの戦いの歴史を見るとき、果たしてウクライナやガザ、イランの国民を軍事大国が力でねじ伏せ、一時的に制圧することが出来たとしても、それが持続可能な体制になるのかは甚だ疑問です。国民の怨念を生み、民族全体を敵に回すことは、いずれ自国民の安全や尊厳を危機に晒すことにもなるでしょう。
新たな価値と評価軸
国際社会の中で日本がその存在価値を示し、企業も存在価値を可視化し、さらに価値化してゆくことは事業の存続を確固たるものにする条件でしょう。事業規模の大小にかかわらず、企業の社会的価値は経営者の考え方と行動次第で大きく変わります。何でもGDPで優劣を決めてきた社会では、売上・利益の額や、社員数、対前年成長率などのKPI(評価指標)で企業価値が測られてきました。しかしそうして認められた企業が、本当に社会に入用な企業、即ち社会が求め国民が育む企業かどうかは別問題です。
事業規模の拡大や、利益率の向上とは性質を異にする重要な価値が企業にはあります。それは人を育て、挑戦機会を生き甲斐に変え、事業を通じて社会の問題を解決に導くという使命です。売り上げを上げても企業価値が伸びなければ、存続は危ぶまれます。そのバランスを取ることがサステナビリティ経営の要諦なのです。
ベトナムでは既に電気自動車が新車販売の40%に達しています。氾濫する自動2輪車も電動化が急速に進んでいます。IT関連では日本を含む周辺国に高度IT技術者を大量に派遣し、インドや中国に負けず劣らず人材に投資をする決意が強く感じられました。日本は失われた30年を総括し、日本人の特性を生かし、国民の幸福度や、将来への期待度が飛躍的に改善されるよう、人と技術に投資する時代に戻らなければ世界に取り残されると危惧します。
サステナビリティ経営は、量的拡大に惑わされず、質的充実と公益性をバランスよく取り入れる経営哲学です。日本を訪れる外国人が、日本の未来志向、質的評価軸への変容、人間中心の暮らし方に魅力を感じ、日本の美しい自然や食の豊かさに負けない価値として羨望する時代を創ってゆきたいものです。力による正義の押し付けではなく、対話と協調によるサステナビリティ国家として、国際社会のリーダーを務めるよう、私たちも自ら一隅を照らして参りましょう。
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